大混乱の米大統領選で見られる「コロナと反グローバリズムとアメリカ」の真実(仲正昌樹) |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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大混乱の米大統領選で見られる「コロナと反グローバリズムとアメリカ」の真実(仲正昌樹)

分断が深まるアメリカはどこへ行くのか?

■トランプ氏不利の状況でなぜ勢いを盛り返したのか? 

 景気や治安のように、人間によって作り出され、当事者の評価がその時々の社会の雰囲気に大きく左右される問題では、熱狂的な支持者を前に、敵/味方対立を煽りながら、“正解”を示し、その実現に向かって突き進むようアジテーションするトランプ氏の戦法は効果を発揮するが、どこに潜んでいて、どういう性質を持っているかはっきり分からないウィルスや細菌、特に新型コロナのように、致死率はさほど高くないものの、その分感染力が強く、影響が長引くウィルスの対策では通用しない。クオモ知事のように、感染の実態を客観的に把握したうえで、どういう気持ちで乗り越えていくべきか、自らの価値観を示す戦略の方が有効であったと思われるが、それは“トランプ的”ではなかったのだろう。

 では、何故、そうした背景の中でのトランプ氏不利の状況にもかかわらず、実際の投票ではトランプ氏が“勢いを盛り返し”、接戦状況になったのか? 世論調査と実際の投票行動との差は、四年前の選挙後に指摘されたように、「隠れトランプ hidden Trump」が多かったからであろう。ただ、今回はトランプ氏は現職の大統領であり、彼がどういう人かほとんどのアメリカ人は既に分かっている。隠れる必要はあまりないはずだ。にもかかわらず、世論調査との差が前回よりも大きかったのは、何らかの「隠れたくなる理由」が新たに生じたからだと考えられる。

■「隠れトランプ支持者」とはどういう人たちなのか?

 「トランプvs.反トランプ」の焦点が、先に私が挙げた三点だとすれば、隠れたくなる理由はある程度推測できる。まず、コロナ問題について言えば、コロナの影響で収入が減少している人、リストラされるかもしれない人、長期化する行動制限に息苦しさを感じている人、身内に死者や重症者がいない人は、トランプ氏のように、コロナはただの風邪だと言って、普通の日常に戻りたいという欲求を強く持っているだろう。しかし、日本と違って、一日の死者が千人を超えているのに、その事実を無視して、あるいは開き直って、堂々とトランプ流にのるのは、さすがに非人道的だと感じる隠れ支持者がいてもおかしくない

 また反差別抗議活動についても、リベラルの福祉政策によって守られている黒人たちよりも、自分たちの方が被害者だと思っている白人貧困層にとっては、よくて他人事、見方によっては、コロナで弱っている経済に更にダメージを与え、ただでさえ悪くなっている治安をますます悪化させる迷惑行為でしかないだろう。

 しかし、今回のように、著名な芸能人やスポーツ選手も巻き込んだ大々的な反差別キャンペーンが展開されている現状では、抗議活動の政治的意味を完全に無視して、治安強化してくれるトランプ氏を支持したくても、あまり声高にその素直な気持ちを表明できなくても不思議はない。

 反グローバリズムについて言えば、コロナ問題との絡みで、トランプ流の反グローバリズムの行方が見えにくくなったということがあるかもしれない。コロナ問題の元凶である中国に対する責任追及や、国境を越えての人の往来の制限は、トランプ氏の十八番である反グローバリズムに通じているように見える。

 しかし、だからといって、コロナを理由に中国などとの行き来を従来以上に制限し、鎖国状態にすれば、アメリカの経済が根底から崩壊してしまう。それは、トランプ氏の国内経済活動再開の方針と矛盾する。国内外で、コロナ対策との経済活動のバランスを取らないといけないはずだが、強気一辺倒のトランプ氏は、コロナは“風邪”だと言いながら、その“風邪”の発信源である中国を糾弾して、自分の反グローバリズムの主張に利用しようとしている。一貫性がないし、落とし所が見えない。だから、何となくトランプ政権の方がアメリカの国益に叶うと思っても、どうしてそう言えるのか自分でも分からないのかもしれない。

 他にも理由があるかもしれないが、トランプ氏のどういう政策を評価しているのかよく分からないがとにかく支持する人が大量に存在し、州ごとの投票方式、開票方法を信用せず、実力行使しかねない武装集団が数千人規模で存在し、開票結果が正式発表される前に大統領自身がフェイクだと断定して、開票中止を叫ぶのは、異様な事態である。そのトランプ氏の陰謀論に喝采を叫ぶ人たちが、ネット世論を動かしている――日本のヤフコメにも、トランプ氏の発言は全て真実で、リベラル色の強いメディアの大統領選関連ニュースは全てフェイクだと信じて、布教しているグループがいる。

 トクヴィル(一八〇五-五九)が『アメリカのデモクラシー』(一八三五、四〇)で予感していたように、民意を代表する自分たちが間違っているはずがない、相手は民主主義の敵だという思い込みが、暴走しているように思える。あるいは、ドラッカー(一九〇九-二〇〇五)が『「経済人」の終わり』(一九三九)で、フロム(一九〇〇-八〇)が『自由からの逃走』で指摘したように、何が起こるか分からない不安な状況だから、敢えて非合理的な信念なスローガンを掲げる、疑似宗教的な「権威」にすがる人が増えているのかもしれない。

 

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仲正 昌樹

なかまさ まさき

1963年、広島県生まれ。東京大学総合文化研究科地域文化研究専攻博士課程修了(学術博士)。現在、金沢大学法学類教授。専門は、法哲学、政治思想史、ドイツ文学。古典を最も分かりやすく読み解くことで定評がある。また、近年は『Pure Nation』(あごうさとし構成・演出)でドラマトゥルクを担当し、自ら役者を演じるなど、現代思想の芸術への応用の試みにも関わっている。最近の主な著書に、『現代哲学の最前線』『悪と全体主義——ハンナ・アーレントから考える』(NHK出版新書)、『ヘーゲルを超えるヘーゲル』『ハイデガー哲学入門——『存在と時間』を読む』(講談社現代新書)、『現代思想の名著30』(ちくま新書)、『マルクス入門講義』『ドゥルーズ+ガタリ〈アンチ・オイディプス〉入門講義』『ハンナ・アーレント「人間の条件」入門講義』(作品社)、『思想家ドラッカーを読む——リベラルと保守のあいだで』(NTT出版)ほか多数。

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  • 2020.08.25